子供の健康とウェルネス
エビデンスと経験を組み合わせて、より安全で賢い判断を
保護者やコーチにとって、子どもたちが成長し、健康を守り、長くスポーツを楽しめるよう支えることはとても大切です。多くの場合、これまでの経験──自分が試したこと、コーチから教わったこと、そして「なんとなくうまくいく」と感じること──を頼りに判断をします。
経験は確かに重要です。
しかし 経験だけでは不十分 です。
科学的研究は、ひとりの人では見えない「大きな視野」を示してくれます。科学と経験を組み合わせることで、トレーニング、回復、ケガ予防についてより良い判断ができるようになります(Sackett et al., 1996)。
忙しい保護者・コーチ向け:ポイントまとめ
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あなたの経験は大切ですが、限られた人数のアスリートに基づいています。
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科学的研究は、何百人・何千人ものアスリートを対象にし、長期にわたって追跡します。
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研究と現場経験を組み合わせることで、リスクと利益のバランスを正確に判断できます。
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「自分の時は誰もケガしなかった」は、安全性の証明にはなりません。
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エビデンスに基づく判断は、子どものパフォーマンス向上と健康維持につながります(Soligard et al., 2016)。
経験だけに頼ることの難しさ
多くの人は、まず自分の知っていることから判断します。
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「自分も子どもの頃このドリルをやっていたけど大丈夫だった。」
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「このトレーニングは何年も続けているけど、誰もケガしていない。」
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「昔のコーチが教えてくれた方法で、うまくいっていたから。」
こうした経験は価値がありますが、非常に小さなサンプル(ごく限られた人数・期間)に基づいています。
経験だけに頼る場合の問題点
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あなたのもとに残った選手だけが見えていて、途中で辞めた選手や後でケガした選手の情報は届かない。
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チームを離れて何年も後に痛みやケガが出ても、それは把握できない。
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人の記憶には偏りがあり、派手な成功や大きなケガは覚えていても、「起こりかけたケガ」や長期的な変化は見落としがち(Kahneman, 2011)。
つまり、経験は本物だが、完全ではないということです。
科学が与えるもの:広い視点と確かな根拠
科学的研究は、ひとりのコーチやひとつのチームでは答えられない疑問を解決するためにあります。
研究ができること
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1チームの20人ではなく、何百・何千人規模のアスリートを調べられる。
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比較研究により、どのトレーニングが本当にケガを減らし、どれが効果的かを明確にできる。
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数ヶ月〜数年にわたる長期追跡で、後から出てくる問題も把握できる(Bahr, 2016)。
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ドリルや負荷、スケジュールの本当のリスクと利益を明らかにできる(Soligard et al., 2016)。
たとえば、FIFA 11+ のようなケガ予防プログラムは大規模な研究で効果が確認され、ケガを30〜50%減らすことが示されました(Soligard et al., 2008)。
これは、ひとりのコーチの経験だけでは見抜けない大きなパターンです。
「誰もケガしなかった」=「安全」ではない理由
よくある考え方に、
「ずっとこのやり方でやってきて、誰もケガしなかった。だから安全な方法だ。」
というものがあります。
しかし、ケガのリスクはそんなに単純ではありません。
知っておきたい事実
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ケガのリスクは「確率」であり、何度も危ないことをしても、たまたまケガしないこともある(Bahr, 2016)。
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子どもによっては強く耐えられるが、ギリギリの状態で続けている子もいる。
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膝、腰、使いすぎのケガなどは、トレーニング量が増えたり、成長期が進んだりして後になって現れることが多い(Bahr & Krosshaug, 2005)。
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チームを離れた後に起こったケガは、あなたのところに情報が戻らない。
つまり
「あなたが知る限りでは誰もケガしていない」=「安全」ではない
ということです。
これはシートベルトをしないで運転するようなもの。
何も起きない日は続いても、事故が起きる日は突然来ます。
だからこそ、多くの選手・長い期間のデータからパターンを見つける「研究」が必要なのです。
エビデンスは「リスク vs ベネフィット」を判断する材料になる
保護者やコーチはいつも悩みます。
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同時に2つのチームでプレーしても大丈夫?
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10歳の子どもに筋トレは安全?
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この年齢で「トレーニングのやりすぎ」はどこから?
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早期のスポーツ専門化はメリットかリスクか?
エビデンスは、これらの疑問に対する判断材料となります。
研究が教えてくれることの例
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適切に指導された子どもの筋力トレーニングは、安全でパフォーマンス向上にも効果がある(Behm et al., 2017)。
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神経筋トレーニング(バランス、着地動作、体幹・股関節の安定)はACL損傷や足首のケガを減らす(Soligard et al., 2008; 2016)。
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早すぎる専門化と過剰な練習量は、ケガと燃え尽きのリスクを高める(Jayanthi et al., 2015)。
これらの科学的知見と、目の前のアスリートの性格・スケジュール・ストレス・回復具合を合わせて考えることで、安全で個別性に合った判断ができるようになります。
科学 × 経験:どちらか一方ではなく「両方」が必要
「科学的根拠に従うと、自分の経験やコーチングスタイルが軽視されるのでは?」
と心配される方もいます。
実際の エビデンスに基づく実践(EBP:Evidence-Based Practice)は、以下の3つで成立します(Sackett et al., 1996):
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質の高い研究から得られる科学的根拠
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コーチや臨床家の経験と専門性
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アスリートと家族の価値観・目標
すべてが必要です。
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科学は、誤った慣習や古い危険な方法を避ける助けになる。
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経験は、研究結果を現場で実際に使える形へと調整する力になる。
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アスリートと家族の考えは、現実的で続けやすいプランをつくる支えになる。
3つがそろうことで、より安全で効果的、そして持続しやすいサポートが可能になります。
保護者・コーチが今日から使える Evidence-Based の考え方
すべての論文を読む必要はありません。
以下のようなシンプルな方法でも十分「エビデンス思考」になります。
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新しいトレーニングや流行を聞いたら、「その根拠は?」 と聞いてみる
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科学的に効果が検証されたプログラム(ウォームアップなど)を取り入れる
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「根性論」や「極端なトレーニング」には慎重になる
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自分の経験に固執しそうな時、「この年齢、この子に合っているか?」 と振り返る
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エビデンスを大切にするPT、AT、スポーツドクターと連携する
最後に:保護者とコーチへ
あなたの役割はとても大きいものです。
経験と
科学的根拠
を組み合わせることで、子どもたちに次のような未来を与えることができます。
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ケガをしにくい身体
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長くスポーツを楽しめる環境
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自信を持って成長できる土台
経験は「自分が見てきた世界」を教えてくれます。
科学は「多くのアスリートに共通するパターン」を教えてくれます。
この2つが合わさることで、
「これでいいのかな…?」から
「安全で効果があると確信できる」
というレベルのサポートが可能になります。
科学的根拠/参考文献
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Bahr, R. (2016). Why screening tests to predict injury do not work—and probably never will. British Journal of Sports Medicine, 50(13), 776–780.
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Bahr, R., & Krosshaug, T. (2005). Understanding injury mechanisms: A key component of preventing injuries in sport. British Journal of Sports Medicine, 39(6), 324–329.
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Behm, D. G., et al. (2017). Youth resistance training: Updated position statement paper from the National Strength and Conditioning Association. Journal of Strength and Conditioning Research, 31(12), 1–28.
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Jayanthi, N., et al. (2015). Sports specialization and injury risk in young athletes: Evidence from a large clinical database. The American Journal of Sports Medicine, 43(4), 794–801.
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Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. Farrar, Straus and Giroux.
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Sackett, D. L., et al. (1996). Evidence based medicine: What it is and what it isn't. BMJ, 312(7023), 71–72.
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Soligard, T., et al. (2008). Comprehensive warm-up programme reduces injury in young female footballers: Cluster randomised controlled trial. BMJ, 337, a2469.
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Soligard, T., et al. (2016). Sports injury prevention: A systematic review of systematic reviews. Sports Medicine, 46(6), 769–790.