がん治療後のケア
がん治療後の開口障害
(トリスマス)
トリスマス(開口障害)は、頭頸部がんの治療後によくみられる合併症です。口が大きく開 けられないことで、食事、会話、口腔ケアが難しくなり、生活の質が低下します。早期に気づいて継続的にリハビリを行うことで、多くの場合改善が期待できます。
トリスマスとは?
トリスマスは、上下の歯の間の開口距離が35mm(指2本分程度)以下に制限される状態を指します (Dijkstraら, 2006)。多くは頭頸部がんの手術や放射線治療の後に徐々に現れます。
主な原因:
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放射線治療:咀嚼筋や結合組織に線維化(硬くなる変化)が起こる (Stubblefield & Manfield, 2010)。
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手術:顎関節周囲の瘢痕(きずあと)や支持組織の切除による制限 (Bensadounら, 2010)。
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筋肉のけいれん・線維化:咀嚼筋や咽頭周囲の筋肉が硬くなる。
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その他:歯科感染症、顎関節症、長期の固定など。
頻度はどのくらい?:
頭頸部がんの放射線治療を受けた患者の30〜40%にトリスマスが発生します (Bensadounら, 2010; Kentら, 2008)。高線量の放射線、大きな照射範囲、手術と放射線の併用でリスクが高まります (van der Geerら, 2018)。
なぜ問題になるのか?:
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食べにくさ、飲み込みにくさ
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発音のしづらさ
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歯磨きや口腔ケアの困難
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顎の痛みや疲労感
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社会的活動や心理的な影響
治療の選択肢:

理学療法(PT)ができること:
理学療法士は、手技療法・運動療法・教育を組み合わせて、トリスマスの改善をサポートします。
1. 手技療法
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顎関節や周囲の筋肉の可動域を広げるためのモビライゼーション。
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咬筋・側頭筋・翼突筋などの筋膜リリース。
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手術後の瘢痕をやわらげるマッサージ。
2. ストレッチと可動域訓練
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顎の開閉・左右運動を誘導。
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首のストレッチを組み合わせて線維化を予防。
3. 筋力と協調性の改善
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咀嚼筋の筋力維持・運動のスムーズ化。
4. 姿勢と呼吸のトレーニング
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前かがみ姿勢を修正して顎の負担を減らす。
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腹式呼吸を取り入れ、首や顎の緊張を緩和。
5. セルフマネジメント指導
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科学的根拠に基づいたストレッチ時間・頻度の指導。
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TheraBite®やOraStretch®の安全な使い方を教育。
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生活習慣の中で運動を取り入れる工夫。
6. 他職種との連携
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言語聴覚士、歯科医師、腫瘍科医と協力して包括的に対応。
研究によると、PT指導のもとでの運動療法は、10週間〜6か月で平均7〜11mmの開口改善が得られると報告されています (Kamstraら, 2013; Pauliら, 2016; Karlssonら, 2020)。
顎のセルフストレッチ手順:
回数: 1日5〜6回
道具: 清潔な指、舌圧子(アイススティック)、または開口器具
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ウォームアップ:姿勢を正し、肩と首をリラックス。
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能動的開口:できる範囲で口を開け、10秒保持。5回繰り返す (Karlssonら, 2020)。
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指を使った受動的開口:親指と人差し指で軽く広げ、5〜10秒保持。5回繰り返す (Kamstraら, 2013)。
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舌圧子を積み重ねる方法:舌圧子を重ねて歯の間に入れ、30秒保持。3〜5回繰り返す (Buchbinderら, 1993)。
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開口器具(TheraBite®, OraStretch®など):30秒保持を5回 (Kamstraら, 2013)。
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クールダウン:左右や円を描くように顎を軽く動かす。
科学的参考文献:
放射線治療後は首も硬くなりやすいため、毎日行うことが大切です (Stubblefield & Manfield, 2010)。
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前屈:あごを胸に近づける。20秒×3回。
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後屈:天井を見上げる。20秒×3回。
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側屈:耳を肩に近づける。左右20秒ずつ×3回。
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回旋:頭を左右に向ける。20秒ずつ×3回。
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肩回し:後ろ回し10回、前回し10回。
首のストレッチ手順:
がんの治療は「がんをなくすこと」だけではなく、「再び自分らしく生きること」がゴールです。
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話す・食べる・動く力を取り戻す
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首・肩・顎の可動域を改善する
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腫れや倦怠感をコントロールする
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仕事や社会活動、趣味に自信を持って復帰する
多職種チームの支援を受けることで、がん治療後の生活はより前向きで充実したものになります。特に理学療法は、その中心的役割を担っています。
よく使われる開口器具:

予後と改善の見通し:
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早期リハビリがカギ:治療中〜直後に開始すると改善が大きい (Kraaijengaら, 2014)。
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短期的改善:10週間で平均7〜8mmの改善が見られ、特に最初の4〜6週間が効果的 (Kamstraら, 2013; Pauliら, 2016)。
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長期的改善:6か月で10〜11mmの改善が報告され、3年後も効果が持続 (Pauliら, 2016; Karlssonら, 2020)。
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器具を使った場合:TheraBite®で約7.2mmの改善、Dynasplint®で約7.1mm(ただし中止すると一部後戻りあり)(Kamstraら, 2013; Kamstraら, 2016)。
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慢性例:1年以上放置すると改善は遅く部分的になるが、進展は可能。
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維持の重要性:放射線線維化は進行するため、継続的なストレッチが必要 (Stubblefield & Manfield, 2010)。
科学的参考文献:
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Bensadoun, R. J., Riesenbeck, D., Lockhart, P. B., Elting, L. S., Spijkervet, F. K., & Brennan, M. T. (2010). A systematic review of trismus induced by cancer therapies in head and neck cancer patients. Supportive Care in Cancer, 18(8), 1033–1038.
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Buchbinder, D., Currivan, R. B., Kaplan, A. J., & Urken, M. L. (1993). Mobilization regimens for the prevention of trismus in head and neck cancer patients. Head & Neck, 15(6), 579–582.
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Dijkstra, P. U., Huisman, P. M., & Roodenburg, J. L. (2006). Criteria for trismus in head and neck oncology. International Journal of Oral and Maxillofacial Surgery, 35(4), 337–342.
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Karlsson, O., Farnebo, L., & Finizia, C. (2020). Jaw exercise therapy for the treatment of trismus in head and neck cancer: A prospective three-year follow-up study. Supportive Care in Cancer, 28(2), 619–627.
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Kamstra, J. I., Dijkstra, P. U., van Leeuwen, M., Roodenburg, J. L., & Langendijk, J. A. (2013). TheraBite exercises to treat trismus secondary to head and neck cancer. Supportive Care in Cancer, 21(4), 951–957.
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Kamstra, J. I., et al. (2016). Dynasplint Trismus System exercise therapy for trismus secondary to head and neck cancer: A prospective study. Oral Oncology, 52, 90–95.
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Kent, M. L., Brennan, M. T., Noll, J. L., Fox, P. C., Burri, S. H., Hunter, J. C., & Lockhart, P. B. (2008). Radiation-induced trismus in head and neck cancer patients. Supportive Care in Cancer, 16(3), 305–309.
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Kraaijenga, S. A. C., Oskam, I. M., van der Molen, L., Hilgers, F. J., & van den Brekel, M. W. (2014). Efficacy of structured exercise therapy to prevent trismus in head and neck cancer patients: A randomized controlled trial. Oral Oncology, 50(9), 947–952.
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Pauli, N., Johnson, J., Finizia, C., & Andrell, P. (2016). The effect of jaw exercise intervention in head and neck cancer patients with trismus: A prospective study. Supportive Care in Cancer, 24(2), 563–571.
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Stubblefield, M. D., & Manfield, L. (2010). Clinical evaluation and management of radiation fibrosis syndrome. Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 21(2), 289–301.
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van der Geer, S. J., Kamstra, J. I., & Roodenburg, J. L. (2018). Predictors for trismus in head and neck cancer patients: A systematic review. Oral Oncology, 83, 76–82.