がん治療後のケア
がん治療後の瘢痕組織と線維化
(放射線による線維化、手術後の瘢痕、腋窩ウェブ症候群/コード状索状物)
がん治療は命を救いますが、体の組織に長く続く影響を残すことがあります。治療から数か月〜数年経ってから「硬さ」「つっぱり」「引っ張られる感じ」を訴える人も少なくありません。これは一般的に瘢痕組織や線維化と呼ばれるものです。これは体の修復反応が「やり過ぎてしまう」ことで起こり、コラーゲンが過剰に沈着し、柔軟性を失うのです。
一見心配になるかもしれませんが、線維化は改善可能です。自己ケア、理学療法、そして場合によっては医療的な治療を組み合わせることで、多くの人が再び快適さや動きを取り戻すことができます。
ご注意: ここで紹介する内容は一般的な教育目的です。診断や治療の代わりにはなりません。必ず主治医や医療チームにご相談ください。
瘢痕組織・線維化とは?なぜ起こるのか?:
手術や放射線治療のあと、体は傷を修復するためにコラーゲンを作ります。必要以上にコラーゲンが沈着すると、組織が硬く、伸びにくくなり、これを線維化と呼びます。放射線治療では炎症や成長因子(例:TGF-β)による変化で、皮膚・皮下組織・筋肉・神経にいたるまでが数か月〜数年かけて厚く硬くなっていきます (Yu et al., 2023; Stubblefield, 2011)。
症状の例: 引っ張られる感じ、焼けるような痛みや鈍痛、関節の可動域制限、姿勢の変化、腕が上がらない、首が回しにくい、しびれや感覚異常など (Stubblefield, 2017; DiFrancesco et al., 2020)。
がん 治療後によく見られるケース:
A. 放射線による線維化(Radiation-Induced Fibrosis, RIF)
-
概要: 放射線治療の晩期合併症として、治療部位の組織が徐々に硬くなる状態。
-
よく起こる部位:
-
乳がん治療後 → 胸壁・肩・腋窩
-
頭頸部がん治療後 → 首・顎の筋肉
-
胸部放射線治療後 → 肺や胸壁
-
婦人科系・前立腺がん治療後 → 骨盤周囲
-
-
頻度:
-
乳がんでは最大50%が胸壁や肩・腋窩に線維化を経験。
-
頭頸部がんでは25〜40%に頸部・顎の線維化。
-
骨盤・胸部ではばらつきがありますが臨床的に重要な割合で起こります。
-
-
発症時期:
-
治療後数か月〜数年。ストレッチや運動を行わないと進行しやすい。
-
-
原因:
-
慢性炎症、血管やリンパ管の障害、線維化を促す因子(TGF-βなど)の影響。
-
-
リスク要因:
-
高線量・広範囲照射、化学療法との併用、喫煙、糖尿病、もともとの関節可動域制限など。
-
B. 手術後の瘢痕(表面+深部癒着)
-
表面: 平らな瘢痕、盛り上がった肥厚性瘢痕、切開線を超えて広がるケロイド。
-
深部:
-
皮下や筋膜が癒着し、皮膚の下の動きが制限される。
-
-
頻度:
-
肥厚性瘢痕・ケロイドは30〜50%の患者に発生。乳がん手術後の深部癒着は20〜40%に報告あり。
-
-
対応:
-
傷が完全に治った後はシリコンジェル/シートが第一選択。瘢痕マッサージやストレッチで柔軟性を改善。難治性のケロイドにはステロイド注射やレーザー治療が行われることもある。
-
C. 腋窩ウェブ症候群(Axillary Web Syndrome, AWS/コード状索状物)
-
概要: 腋の下から腕の内側にかけて、皮膚の下に硬いロープ状の索ができ、肩を上げると強く突っ張る。リンパ管や静脈の障害が関与していると考えられている。
-
頻度:
-
腋窩手術後に20〜40%、丁寧に診ると最大60%に発生。
-
-
リスク:
-
若年、リンパ節郭清の範囲が広い人、術前化学療法を受けた人など。
-
-
リンパ浮腫との関係:
-
研究結果はまちまち。AWSはリンパ浮腫の確実な予測因子ではないとされており、治療すれば改善が見込める。
-
自分でできるケア(医師の許可を得て):
-
毎日の優しい運動: 手術後早期に始めると肩の動きや筋力の回復が早い。
-
瘢痕ケア: 傷が治ったら保湿、優しい瘢痕マッサージ、シリコンシート。放射線照射部は皮膚が落ち着くまで待つ。
-
コード状索状物(AWS): ドアの上でのストレッチ、壁歩き運動などを少しずつ。無理に「切ろう」とするのはNG。

理学療法でのアプローチ:
-
評価: 瘢痕の動き、関節可動域、筋力、姿勢、呼吸、神経の滑走、浮腫の有無を確認。
-
徒手療法: 瘢痕マッサージや筋膜リリースで柔軟性を改善。エビデンスでは運動との組み合わせが最も効果的。
-
AWS: 理学療法士による徒手療法とストレッチを数週間行うと改善が早い。
-
運動療法: 胸・腋・首のストレッチ、肩甲骨や回旋筋群の強化。
-
必要に応じて: 光線療法(レーザー)、テーピング、感覚過敏へのアプローチ。
医学的治療の選択肢(必要に応じて):
-
ペントキシフィリン+ビタミンE: 放射線線維化に使われることがあるが効果はまだ一定していない。
-
高圧酸素療法(HBOT): 放射線後の壊死や難治性潰瘍などに有効とされる場合がある。
-
難治性瘢痕: ステロイド注射、5-FU注射、レーザー治療など。
すぐに医療チームへ連絡すべきサイン:
-
急な赤み・熱感・腫れ・発熱(感染の可能性)
-
腕や脚の突然の腫れ、呼吸困難(血栓の可能性)
-
照射部の皮膚潰瘍や傷の悪化
-
新しいしびれ・筋力低下、頭頸部の開口障害
まとめ:
-
瘢痕や線維化はよく起こるが、改善可能。 早期からの運動と理学療法が回復の柱。
-
AWS(腋窩ウェブ症候群)は約3人に1人が経験。 リンパ浮腫を必ずしも意味せず、ストレッチと理学療法で改善する。
-
放射線線維化は最大で半数のがん経験者に起こる。 乳がんや頭頸部がんで特に多い。早期運動と理学療法が予防と回復の鍵。
科学的参考文献
-
Bennett, M. H., et al. (2020/2023). Hyperbaric oxygen therapy for late radiation tissue injury. Cochrane Database of Systematic Reviews.
-
Brunelle, C. L., et al. (2024). Is axillary web syndrome a risk factor for breast cancer-related lymphedema of the upper extremity? A systematic review and meta-analysis. Supportive Care in Cancer.
-
DiFrancesco, T. M., et al. (2020). Clinical evaluation and management of radiation fibrosis syndrome. Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 31(1), 103–113.
-
González-Rubino, J. B., Martín-Valero, R., & Vinolo-Gil, M. J. (2025). Physiotherapy protocol to reduce the evolution time of axillary web syndrome after breast cancer surgery: A randomized clinical trial. Supportive Care in Cancer, 33, Article 326.
-
González-Rubino, J. B., Vinolo-Gil, M. J., & Martín-Valero, R. (2023). Effectiveness of physical therapy in axillary web syndrome after breast cancer: A systematic review and meta-analysis. Supportive Care in Cancer, 31, 257.
-
Klein, I., et al. (2021). A pilot randomized study of early physical therapy after breast cancer surgery. Breast, 59, 286–293.
-
Lara-Palomo, I. C., et al. (2021). Physiotherapy treatment of late complications (pain, scar adhesions, tightness) in breast-cancer survivors. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(9), 4832.
-
Lippi, L., et al. (2022). Axillary Web Syndrome in breast-cancer women: Optimal rehabilitation strategy after surgery. Journal of Clinical Medicine, 11, 3835.
-
Min, J., et al. (2024). Early implementation of exercise to facilitate recovery after breast cancer surgery: A randomized clinical trial. JAMA Surgery, 159(8), 874–883.
-
Monstrey, S., et al. (2014). Updated practical guidelines for scar management. Journal of Plastic, Reconstructive & Aesthetic Surgery, 67(8), 1017–1025.
-
Mony, M. P., et al. (2023). An updated review of hypertrophic scarring. Plastic and Reconstructive Surgery – Global Open, 11, e4888.
-
Murakami, T., et al. (2024). Pharmacotherapy for keloids and hypertrophic scars. International Journal of Molecular Sciences, 25(9), 4674.
-
Nogueira, T., et al. (2022). Interventions for radiation-induced fibrosis in breast cancer: A review. Advances in Radiation Oncology, 7(4), 100–110.
-
Patel, S., et al. (2024). Pharmacologic approaches to radiation-induced fibrosis: Current evidence and gaps. Current Oncology Reports.
-
Stubblefield, M. D. (2011). Radiation fibrosis syndrome: Neuromuscular and musculoskeletal complications in cancer survivors. PM&R, 3(11), 1041–1054.
-
Stubblefield, M. D. (2017). Clinical evaluation and management of radiation fibrosis syndrome. Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 28(1), 89–100.
-
Yu, Z., Xu, C., & Song, B. (2023). Tissue fibrosis induced by radiotherapy: Molecular mechanisms, diagnosis, and therapeutic advances. Journal of Translational Medicine, 21, 708.
-
Skin care during radiation therapy (patient resources). Memorial Sloan Kettering Cancer Center (2024); MD Anderson (2024); eviQ (2024).